日経の春秋で小津安二郎の「彼岸花」を取り上げている。
自分的には芥川賞作品の「彼岸花が咲く島」もよぎる。
彼岸という真っ赤に広がるそのイメ―ジが、人の血に染まる大地をもにじませる。
菜の花の黄色と彼岸花の赤が混ざり合う。 菜の花と青い空はどこかの国の国旗に似ている。
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自分的には芥川賞作品の「彼岸花が咲く島」もよぎる。
きっと戦争は、地球がある限りずっと続くのだ。「南昌に九里菜の花のさかりかな」とは映画監督、小津安二郎の俳句だ。南昌は中国江西省の省都。1939年の春、小津は一兵士として日中戦争の前線で戦っていた。目的地まで九里、およそ35キロの行軍の道の両側は広大な菜の花畑だった。戦場にも季節の花は咲く。▼同年4月4日の巨匠の日記に、こんな記述がある。行軍の路上で中国の民間人が事切れていた。傍らには赤ちゃんが……。生きている。あどけない顔で、乾パンを握りしめていた。「赤坊が泣き出さない前に通り過ぎたい」「菜の花を背景に巧(たく)まず映画的な構図になつてゐた」。春の牧歌的な光景のなかでの生と死である。▼過酷な従軍体験は、戦後の小津作品にどのように投影されたのか。戦場そのものは描かず、庶民の何気ない会話に当時の記憶を挿入した。「戦争はいやだったけど、時々あの時のことがふっと懐かしくなることあるの」「あんなに親子4人がひとつになれたことなかったもの」。「彼岸花」(58年)で妻が夫に語りかける。▼あの赤ちゃんはその後、どんな運命をたどったのか。ウクライナの首都近郊で、多くの民間人の犠牲が確認された。兵士・小津が目撃したように親を亡くした幼子もいるかもしれない。「あの時、私たちはひとつになって困難に立ち向かった」。市民が日常を取り戻し、そう述懐する日が来るのは、どの季節のことだろう。
日本経済新聞 春秋 2022年4月5日
彼岸という真っ赤に広がるそのイメ―ジが、人の血に染まる大地をもにじませる。
菜の花の黄色と彼岸花の赤が混ざり合う。 菜の花と青い空はどこかの国の国旗に似ている。
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