朝ヨーグルトにキウイ半分とリンゴ半分。
昼は鳥羽コンビニでファミチキとダーリンの作ったサンドイッチ3つ。
夜は白菜と鮭と豆腐のあつあつ石狩鍋風味。
63.5キロ。
夏の旅行で戯れたトルストイは、間違いなく若い頃のそれとは違った。
トルストイやドストエフスキーをむさぼるように読んだつもりだったが、やはりそのとらえ方や感じ方は今とは違う。
そしてロシア文学に接するきっかけは黒澤明監督の作品に影響されている。黒澤映画にはまりこんだら、その原点(源泉)がどこにあるかと考える。ドストエフスキーでいえば『白痴』という原作を三船敏郎と原節子で映画化している。この映画の作成経緯を「ドストエフスキーがのしかかってきて苦しかった。」と黒澤監督は語っていた。この”苦しみ”とは何か?を思う。

主人公のイワン・イリイチは法律学校を出た役人で普通の人生を歩んできたが、妻との仲が悪くなり、妻との不仲を紛らわすために仕事に没頭し出世してゆく。出世するのだが、ある日ふとしたことで怪我をしてから脇腹が痛くなる。この痛みがどんどん大きくなって死に向かって衰弱してゆくさまを本人の目線からリアルに苦々しく描いているのである。後半の表現は読み進むにつれ痛みが伝わるような苦しさだ。
病に陥ると疑心暗鬼になって誰に対しても疑いの目で見る。するとそうした態度に周囲が反応して孤立してゆく悪循環。死が近づくことですべてのことが悪い方向に向かうことを仔細に描写している。
唯一台所番のゲラーシムという男にだけは心を打ち明けるが、最後はそれすらもかなわなくなり壮絶な死を迎える。
誰もが必然的に生きたいと思っている。しかし”死”に対峙したとき、ひとはどのようになるのだ。どのように変化するのかを丁寧に丁寧に描いている作品であった。
自分も苦しくなるような作品であった。

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